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池田大作先生の指針

 投稿者:研鑽  投稿日:2019年11月 7日(木)07時35分34秒
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  希望ジャーナル 2019 10.1
池田大作先生 誓いの明日へ――日蓮門下を語る 第19回 四条金吾㊤
「何があっても唱題」の人に

1960年(昭和35年)の10月2日、私は、世界への平和旅に出発しました。
上着の内ポケットには、恩師・戸田城聖先生のお写真を納めて、アメリカ、カナダ、
ブラジルの3カ国9都市を訪問しました。一人一人と語らい、希望と勇気を広げる旅です。
祖国から離れ、孤独や貧苦の中で、健気に奮闘する婦人もいました。過酷な農作業で日焼けし、
必死に生きる壮年もいました。私は、尊貴な世界広宣流布の開拓者たちを、
「あなたには妙法がある」「何があっても題目を」と真心込めて励ましました。
まもなく60星霜――妙法の光は世界192カ国・地域に広がり、あの地でもこの地でも、
創価の友は題目を唱えながら、良き市民として活躍し、平和の連帯を広げています。

日蓮大聖人が確立された「南無妙法蓮華経の唱題行」こそ、全ての人々が苦難に打ち勝ち、
人間革命を成就しゆく人類普遍の実践です。
今回から、世界の同志が、負けじ魂の「弟子の模範」
として仰ぐ四条金吾夫妻の人生と、大聖人の励ましを、3回にわたって、ひもときましょう。

四条金吾は、鎌倉幕府の執権・北条家の有力な一族である江間家に仕える武士でした。
大聖人が鎌倉で弘教を始められた早い時期に弟子になったと伝えられており、
大聖人から金吾夫妻へと送られたお手紙は、分かっているだけで三十数通に及びます。
大聖人に、時の権力者が無実の罪を着せ、処刑しようと企てた「竜の口の法難」では、
自身も命をなげうつ覚悟で駆け付けました。文永11年(1274年)、大聖人が流罪の地・佐渡から
戻られたことに歓喜した金吾は、主君の江間氏を折伏しました。しかし、江間氏は、大聖人に敵対する
極楽寺良観の信奉者であったため、金吾は主君の反感を買い、遠ざけられてしまいます。
さらに、同僚から事実無根のデマを流され、金吾は江間家の中で孤立し、命まで狙われる事態となりました。
当時、金吾が「大難雨の如く来り候」(御書1136ページ)と報告していることからも、
実に苦しい状況に置かれていたことがうかがえます。その中で大聖人が送られた
「四条金吾殿御返事」の一節は、今、世界の友が深く心に刻む指針です。
「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、
これあに自受法楽にあらずや、いよいよ強盛の信力をいたし給へ」(同1143ページ)
――苦しければ苦しいまま、楽しければ楽しいまま、何があっても題目を唱えていきなさい。
必ずや幸福の人生が開けていきます、との仰せです。幸福――それは決して悩みや苦しみが
「無い」ことではない。いかなる試練や苦難にも「負けない」生き方にこそ、真の幸福は輝きます。
その究極の力が、日々の唱題です。この御書は、別名を「衆生所遊楽御書」ともいいます。
「衆生所遊楽」とは、勤行の時に読誦している法華経の如来寿量品の文です。苦悩に満ちた現実世界であっても、
信心を持つ衆生、民衆にとっては、生きることそれ自体を楽しんでいける場所になるということです。
題目を根本に、現実と向き合い、戦っていくならば、今いる場所を、そのまま「衆生所遊楽」の舞台としていけるのです。
戸田先生はよく語られました。「御本尊を信じきった時に、生きていること自体が楽しい、
何をやっても楽しいという人生になるのである」と。
ですから、苦しい時に「苦しい!」と叫びたい気持ち。
悲しい時に「悲しい!」と嘆きたい思い。その心の声を、祈りに変えていけばよいのです。
つぶやいているだけでは、愚痴で終わってしまう。しかし、御本尊に向かえば祈りになります。

祈っていけば、負けない勇気が湧いてきます。“頑張ろう”“必ず勝つ”と心が決まります。
御本尊は、わが子を愛する親のように、いつも、私たちの願いをかなえてあげたい、
努力を実らせてあげたいと思っています。子どもが親に頼るように、「御本尊様!」と一心に祈っていけばいいんです。

かなえたいことが、たくさんあってもかまわない。一つ一つ、明確にして具体的に願っていけばいいんです。
そして、“断じてかなえてみせる”と「誓い」を込めて祈り、今できる最高の努力を積み重ねていくのです。

この誓願の祈りと努力にこそ、青春勝利の直道があります。

「人生とは自己を向上させる不断の努力です」
これは、世界最高峰のバイオリニスト、ユーディー・メニューイン氏の信念でした。
氏は、イギリスの婦人部の方から教わった「南無妙法蓮華経」の音律に、音楽家として感動し、
散歩の折など、よく口ずさんでいたといいます。私がお会いした折にも、「『南無妙法蓮華経』と“唱える”ことと
歌を“歌う”ことは、深く通じ合うのではないかと思います」と、「声の響き」「声の力」に着目されていました。
そして、「日々、人々が規則正しく、『南無妙法蓮華経』と唱えている事実は、素晴らしい」と、たたえておられました。
南無妙法蓮華経は、大宇宙の根源の力です。誓願の唱題によって、この大宇宙の生命と自身の生命のリズムが合致します。
その時、無限の活力も勇気も智慧も湧いてくるのです。願いをかなえ、周囲の人も、社会も、さらに世界をも、
必ず幸福の音律で包むことができるのです。さあ、きょうも「苦楽ともに思い合せて」題目を唱え、
身も心もはつらつと、目の前の課題に挑んでいこうよ!
(㊥に続く)
 
 

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